華胥の国に遊ぶ

「変化」「変容」「進化」「成長」をキーワードに、未来の自分に向けたメッセージを書き続けています。

『これまでとは違う世界に飛び込む』

 

もし、

あなたがいつもしていることをするなら、

いつも得ている結果を得るだろう。

(アンソニー・ロビンズ)

 

 

これまでと違う何かを成し遂げたいと思うのであれば、

これまでと違う行動をしなければなりません。

 

いつも見ている風景、

いつもと同じ行動では、

現状を肯定する引力が働くため、

新たな世界にたどり着くことはできません。

 

最初は、居心地が悪く、違和感を感じる世界に

思い切って飛び込んでみる。

そんなことから、

新しい世界が始まるのではないかと思います。

 

『環境の変化にも揺るがない自分の軸を持つ』

変化が激しい時代、「環境の変化」を避けることはできません。

そうした「環境の変化」によってもたらされるマイナスの影響を

最小限に抑える準備をしておくことはとても大切なことだと思います。

 

「変化」によってもたらされるマイナスの影響のうち、

やっかいなものは「不安」という感情ではないかと思います。

「不安」という感情は、それが漠然としているがゆえに、

人の判断、そして行動を鈍くするような気がします。

 

普段でなければ何でもないことでも、

「不安」という感情があるだけで、

冷静な判断ができなくなることがあります。

 

それだけ「不安」という感情はやっかいです。

 

そうした「不安」を少しでも抑えるようにするためには、

言葉遊びのようですが、

「安心」できる環境を、みずからつくり出すしかないような気がします。

 

なぜ「不安」を感じるのか、

その「不安」を抑えるためには何が必要かを考え、

そのための準備をする。

 

特にこれからの時代、有形資産の価値は大きく変動するおそれもあり、

安心の源泉にはならないように思います。

陳腐化することなく、安心を生み続けてくれるものは何かと考えると、

自分の強みを知り、その強みを鍛え、自分の軸を持つ以外にないような気がします。

環境の変化にも揺るがない自分の軸を持つ、

それが一番大切なのではないかと思います。

『今、この瞬間に想いを込める』

人は誰でも、これまでの経験や取り巻く環境によって

自己限定をしてしまう傾向があり、

無意識に全力で人生に対峙することを避け、

少しずつあきらめながら人生を歩んでいるような気がします。

自分で自分の可能性を信じることができなければ、

予言の自己実現の言葉のとおり、自分で制限した世界にしか、

たどり着くことはできません。

多くの人が、このように、隠された人格や才能に気づかないまま、

何となく人生を歩んでいるではないかと思います。

 

こうした状況を打破するのが、

「今を生き切る」

「今、この瞬間に想いを込める」

というこころの姿勢ではないかと思います。

一つひとつの出来事や出会いの全てを奇跡と考え、

その一瞬にすべての想いを込め、対峙することで

自分のなかに隠された人格や才能が目覚め、

それまで気づかなかった自分に気づくことができる。

こうしたことを繰り返すうちに、

次第に隠された人格や才能が自分のなかに定着し、

自分の幅が広がっていくのではないかと思います。

ただ、「今を生き切る」というこころの姿勢は、

そう簡単に自分のものにできるものではないと思います。

常に言葉にし、言葉を見つめ、意識し実践する、

このことを繰り返し、自分の体に染み込ませたいと思います。

 

『すべてが奇跡であるかのように生きる』

 

人生には、二つの道しかない。

一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。

もう一つはすべてが奇跡であるかのように生きること。

アルベルト・アインシュタイン

 

 

日々起こる出来事も、

人との出会いも

同じものは一つもありません。

 

出来事も人との出会いも、

当たり前のことではなく、

すべてを奇跡だと思うことで、

心が動き、

多くのことに気づくことができるのではないかと

思います。

『時間は取り戻すことができません』

 

いつかできることはすべて、今日でもできる。

モンテーニュ

 

 

もし、やろうと思うことがあれば、今すぐに始めた方が良いと思います。

時間をおくと、余計なことを考えてしまい、

それだけ行動する力がそがれてしまうような気がします。

そして、だんだんとやろうと思う気持ちも薄れてしまい、

いつの間にか、その気持ちも忘れてしまいます。

 

でも、やろうと思う気持ちはまたどこかで蘇ってきます。

その時には後悔が生まれます。

もっと前にやっておけば良かったと。

 

時間は取り戻すことはできません。

だからこそ、やろうと思ったときには、

すぐに行動しておいた方が良いと思います。

 

 

『習慣を変える』

 

 

同じことを繰り返しながら、

違う結果を望むこと、それを狂気という。

アルベルト・アインシュタイン

 

 

「違う自分になりたい」

あるいは

「何かを成し遂げたい」

と思ったら、

これまでの自分や現状を作り上げてきた

習慣を変えなければなりません。

 

とはいうものの

習慣の引力はなか手強く、

そう簡単に変えられるものではありません。

 

ゆえに

習慣を変えるためには、

日常を変える必要があります。

 

朝起きる時間を変えてみる。

食事をする場所を変えてみる。

一本早い電車に乗ってみる。

これまでとは違う本を読んでみる。

これまでに参加したことのないセミナーに参加してみる。

など。

 

どんな小さなことで良いので、

日常をかえ、その変えた日常に

新たな習慣を紐づける。

 

例えば、一本早い電車に乗り、

電車に乗ったらスマホを見ずに

オーディオブックを聞くなど、勉強の時間に

あてるなど。

 

この行動をしたとき、この場所に着いたら

○○をするというように行動を決めておくと、

習慣化しやすいのではないかと思います。

 

とはいうものの、なかなか新しい行動を定着させることは簡単なことでは

ありません。

最初はあまり負担をかけず、

本当に小さなことから始めればよいと思います。

 

小さな行動でも、時間を重ねるうちに、何らか小さな変化を生み出します。

そうした小さな変化を積み重ねていくことで、

知らない間に、大きな変化を成し遂げていると思います。

 

『何をしないかを決める』


最も重要な決定とは、
何をするかではなく、
何をしないかを決めることだ。
スティーブ・ジョブズ

日々、繰り返している行動のなかには、

価値を生み出さないものが多く混ざっているのではないかと思います。

そうした価値のない行動が積み重なることで、

大切な時間が失われていきます。

 

時間の価値を最大化するためには、

真に重要な行動に集中できる状態をつくり出す必要があります。

そのためには、

あらゆるものに手を出すのではなく、

また、惰性を排除することが不可欠です。

 

その選別を行うためにも重要となるのが

「目標」

ではないかと思います。

 

"この行動は「目標」の達成につながる行動なのか"

こうした問いを重ねることで、

行動の質が高まっていくように感じます。

 

 

『言葉の力』

 

「言葉の力」(池田 晶子)

 

言葉を信じていない人は、自分のことも信じていない。

しかし、自分を信じていない人生を生きるのは、

とても苦しくて大変だ。

言葉ではああいったけれども、本当はそうは思っていない。

そんなふうにしか生きられない人生は不幸だ。

言葉と自分が一致していない人生は不幸だ。

だから、本当の自分はどこにいるのかを、

人はあちこちを探し求めることになる。

しかし、本当の自分とは、本当の言葉を語る自分でしかない。

本当の言葉においてこそ、人は自分と一致する。

言葉は道具なんかではない。

言葉は、自分そのものなのだ。

だからこそ、言葉は大事にしなければならないのだ。

言葉を大事にするということが、自分を大事にするということなのだ。

自分の語る一言一句が、

自分の人格を、自分の人生を、確実に創っていくのだと、

自覚しながら語ることだ。

そのようにして、生きることだ。

言葉には、万物を創造する力がある。

言葉は魔法の杖なのだ。

人は、魔法の杖を使って、どんな人生を創ることもできる。

それは、その杖をもつ人の、この自分自身の、心の構え一つなのだ。

 

 

 言葉にはとても大きな力が宿っていると思います。

『好奇心はそれ自体で存在意義がある』

 

大事なことは疑問を持つことを止めないことだ。

好奇心はそれ自体で存在意義がある。

アルベルト・アインシュタイン

 

ありふれた日常のなかにも、

気づきのタネは隠れています。

あらゆることに好奇心を持ち、

疑問を持ち続けることで、

たくさんの気づきを得ることができると思います。

 

当たり前を当たり前と思ってしまうと、

見過ごしてしまうことがたくさんあります。

頭のなかに、常に「?」を持ち続けることで、

世界は大きく広がるのではないかと思います。

 

 

『自分自身の解釈によって、出来事の意味が変わります』

良く言われることですが、

出来事そのものには、何も意味はありません。

良い出来事も悪い出来事もありません。

 

出来事の当事者が、

その出来事に様々な意味づけを行うことで、

出来事にはじめて意味が生まれます。

 

すなわち、

ある出来事を良いか、悪いかを判断するのは、

他でもない、当事者である自分です。

どのように判断するかによって,

出来事の意味が変わるのです。

 

であれば、たとえ一般的には悪い出来事だったとしても,

自分自身がちょっとだけで意味づけを変えることによって

その瞬間に良い出来事に変わる可能性もあるのではないか思います。

 

無理をしてでも、

良い方向に意味づけを行いたいと思います。